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2012.01.17

何にでも、余裕ってもんがないと

 東日本大震災の発生を期に、近い将来起きるであろう、東海地震、東南海地震が発生した際、高校生が取るべき行動マニュアル(A4オールカラー4 ページ)を、愛知県教育委員会が作成し、全校生徒に配るようにと学校に送ってきた。目新しい記述はないが、まぁ、こういうものは繰り返し目を通すことに意義があるので、無駄なことではない。しかし、学校に送ってきた数が、全校生徒数+ちょっと(不良品交換分程度)で、教員全員に渡らなかった。仕方なく、興味ある方はお取りくださいとなった。大村のバカが削減しまくったわずかな予算をやりくりしてパンフレットを作った愛知県教育委員会健康学習課の努力は認めよう。こんな、教員分すら刷ることができない逼迫した予算の中、愛知県の教育は行われております。クオリティは要求しないでください。

 大村に限らず、歳費を削減しようとする勢力には「無駄」と「余裕」の違いがわからんようである。そして、官公庁の中には無駄がうずまいていて、しぼればいくらでも金が湧いて出ると思っているようである。どっ かの企業は乾いたぞうきんを絞って水を出す努力をしているそうだが、そうやって絞りだすことが、どれだけの企業として(あるいは官公庁として)の力を引き出しているのであろう?日本の企業が、世を席巻する製品をなかなか生み出せないのは、無駄とともに余裕まで絞り出してしまった結果じゃないのかな?すべての発想は、余裕の中から生まれるものだと思うんだけどなぁ。

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